ギリギリのタイミング
いつもありがとう◎成人T細胞白血病体験記, 骨髄移植まで, 健康のこと
こんにちは。
前回の記事
の続きです。
治療開始から約4ヶ月たった2007年8月末にドナーが確定して、それからドナーさんの都合に合わせて提供できる時期の調整をして、僕の骨髄移植の日が決まりました。
それは治療開始から約7ヶ月後の12月上旬でした。
提供してくれるドナーさんの情報は、血液型、性別、年齢、体重、居住地域のみでした。
そして、移植までの間は現状(腫瘍がない状態)を維持するため抗がん剤を毎日服用することになりました。
移植までのあいだは、ベストな状態で移植に望めるよう食事に気をつけたり、温熱治療をしたり、散歩をしたりして体力回復に努めたりしていました。
自分でできることはしっかりやっておこうと思ってました。
その間も家にこもってばかりいるのではなく、家族で海に遊びに行ったり気分転換をしていました。
6クールの抗がん剤治療中もずっと食欲もあり体調も良かったので、よく遊びに出かけていました。
そして、移植の3週間前には入院して、家族も同席してもらい移植に関する説明を受けました。
その説明では、
「移植をしても3年生存率は28%である」
「成人T細胞白血病は移植をしても3年以内の再発が多い」
「寛解(腫瘍のない状態)で移植をすると成績が良い」
「移植の合併症で6~7割死亡します」
ということでした。
ほかに治療方法は確立されていないし、移植しなければほとんどが1年以内に死んでしまう、と言われていたのでその時の僕には、その説明を受けても移植以外の選択肢はありませんでした。
その時にはそれがベストな選択だったと思っています。
そして、移植前の体の状態を把握するため精密検査を受けることになりました。
採血、眼科、口腔外科、心電図、肺活量、CT、骨髄の検査、髄注などいろいろな検査をして準備は整いましたが、その時の検査で胸のリンパに腫瘍らしきものが見つかって、腫瘍マーカーも少し上がっていました。
「再発しているだろう」ということでした。
部分寛解(一部腫瘍がある状態)での移植となってしまいましたが、移植のときに、これまで以上の大量の抗がん剤を投与するので大丈夫でしょうということでした。
ギリギリのタイミングでした。
そして、今回は大量の抗がん剤を投与するので漏れがないよう鎖骨の下にある太め血管にCVという点滴ラインの確保をしました。
不安材料は残りましたが、これで移植の準備はすべて整いました。
そして、いよいよ移植の1週間前にクリーンルーム(無菌室)に入りました。
次回に続きます。